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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

成り損ない

矢沢栄吉の不朽の名著に(読んでないけど)「成り上がり」という一冊がある。

$続・エビで龍を釣る

成るというのは、功成り名を遂げるの成るってことでしょうか。小さな意味では出世、大きくとらえれば夢を叶えるってことなんだろう。

とはいえ、成り上がれないことが多い。いや、上がるどころか成れもしない。成り損なうことばかりなのが人生なんじゃないだろうか。泣ける。

何に成り損なうのか?

もーほとんどあらゆることについてだ。

成功者に

チャンピオンに

指導者に

カリスマに

有能なスタッフ

従順な部下に

王様に

お山の大将に

優しい飼い主に

よき夫に

被害者面の加害者に

加害者面の被害者に

自慢の息子に

素晴らしい母に

気前のいい友人に

………

僕たちは成り損なう。あっけなく。

それはもう見事なほどに僕たちは成り損なっていく。でも、それはとてつもなくいいことでもある。なぜなら、上に述べたリストは全部ただの役柄だから。

どれだけ成り切っても所詮はロールプレイの中で、あまりに上手に演じ通せば、それはそれで面倒なことになってしまう。

それが仮面だとわからなくなってしまう。いっときのペルソナだと。

だから、僕らが多少不器用で、いわばそれぞれに仮面にヒビが入っていることは、大騒ぎして嘆くような事態じゃない。ヒビが入っているからこそ、精巧なマスクが、それでもやはりマスクに過ぎないことを気づける。

きれーなままなら、それを素顔と勘違いしてしまうかもしれない。でも大丈夫、あなたはきっと成り損なう。(なんて迷惑な保証だろう笑)

気に病むことはない。

なぜなら、僕やあなたやみんなは、

負け犬に

敗残者に

脱落者に

不快な隣人に

同情をひく乞食に

それらにすら、やっぱり成り損なうからだ。

何にも成り切れない。割れたマスクをセロテープで補修しながら演じ続けるしかない。いっそマスクを外してしまったらと夢想することもあるだろう。

ある人はそうするだろう。

ある人はそうしないだろう。

どちらにしろやがてすべてのマスクは剥がれ落ちる。

$続・エビで龍を釣る

いや、ヒビの隙間から見える素顔に気づきはじめれば――それがけっこう悪くないような、そんなにイケてなくもないような――安らぎと高揚感がふいに訪れないだろうか。

ずーと恋焦がれて、なってみたかった憧れの姿が、何度マスクを注文しても得られなかった理想の相貌が、なんてことはない自分の素顔だったなんてこともあるかもしれません。

だから、成り損なうことは素敵なことです。

もしかしたら成る上がることよりも、成り切ることよりもずっと愉快なことでしょう。