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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

解体ショー!

そうそう金沢では市場でマグロの解体ショーを見学したんだった!

80キロ級のやつで、今朝まで泳いでたらしい。これをおっちゃんが包丁とノコで解体するんだけど手際がいいねさすがに。

見ようによっては残酷極まりないショーだけれど、僕らが普段口にしているものが生きて動いている生き物だったってことを認識しなおすにはいいかと思う。

あなたが殺しているわけではないけれど、命あるもののその命を奪って得られた食物を口にしているのだと直視できる。ある観点から言えば、それは実際にその手を汚して殺して食べるより欺瞞的なことでもある。

$続・エビで龍を釣る

とはいえ、というか、それゆえに、といったらいいのか。

やっぱりこういう行為はお祭の様相を帯びていたりする。やはりカーニバルなのだ。

どきどきする。

別にマグロを裁くおっさんが血に飢えた眼をしているわけではないし、観客も好奇心に駆られはすれ、猟奇的に涎を垂らしてるわけじゃない。

でも、そこにはなにやら言うに言われぬ熱気のようなものがある。

西部劇で死刑執行が見世物だった頃のような。

革命なったあかつきに暴君を断頭台にかけるような

興奮、疚しさ、哀悼、嫌悪、様々な感情が混ざっててそれが独特の空気感をつくりだしている。

石切り場から石を切り出すようにして、マグロからその身が切り出されている光景は不可思議だ。

血と脂の生臭さがありながら、同時に無機質な鉱物を切り分けているようにも見える。

僕らが固唾を飲んで見守っていると、おっさんが、切り身をくれた。いま切り裂いたばかりの血生臭いものだ。それを口に入れ噛み砕くと、むっと血の匂いが鼻をついた。手にもなかなかとれない生臭さが残る。

けっして素直においしいだけとは言えない味だ。

それでも飲み込む。

$続・エビで龍を釣る

断ち切られた頭。別に悲嘆を感じるわけじゃない。安らぎもない。

ただ生存競争のひとつの結末にたどりついたマグロが一匹そこに在るだけ。

こういうあけっぴろげな無常感は、たぶん余計な感情を挟まない俳句とかで表現したいところだけど、あいにくそんな芸もない。

このマグロ、まるごと一匹45万円なり。