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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

時の最果て

タイトルはクロノトリガーというゲームから。

時空を行き来するRPGなんだけど、時の最果てというもはや過去なのか未来なのか計れない場所があってさ、詩的なネーミングとともに印象に残ってた。よいゲームでした。

ブルーハーツの情熱の薔薇という歌にも、

♪永遠なのか、本当か、時の流れは続くのか~

って歌詞がありますが、時間については僕すごく考えてきた。

別に考えたくなかったんだけど、ノストラダムスの予言がまだ盛んに言われていた1999年以前に子供だった僕は、終末とか終局とかについてすっごく考えてしまった。別に難しい物理の理論とかでじゃなくて想像したんだ。

人類が滅ぶってのは別に怖くなかったんだけど、

時間が永遠に続いていくというイメージ。

もしくは、ある一点で凍りついたようにすべてがストップしてしまうというイメージ。

の、どちらも気が狂うほどに怖かったんだ。永遠とか無限とかいう観念に脳が耐え切れず発狂してしまいそうになった。いまでもしっかり考え、それを実感してみようとすると滅茶苦茶怖くなる。

成長して、そんな手に負えないことよりも、女の子を追っかけたりするほうが楽しくなってくるとその恐怖はいったん忘れてしまうのだけれど、何かの拍子にそれが戻ってくることがあって、いたたまれぬ気持ちになります。

ただ、救いだったのが、この同じ恐怖を感じているのが、僕だけじゃなかったこと。

他にもいたんだね。

もちろん共感者がいたからといって、それがなくなるわけじゃないんだけど……

なんか、ピンとこない人には、どーでもいい話だよね~

ただ、これは僕ひとりの危ない症状ではなくて、人間の脳で、時間という手ごわい怪物を真摯に見つめていったとき、誰にでも起る恐怖感だと思うんだよね。

浮世離れした空想じゃないんだよ、物好きの暇つぶしでもない。身体の奥底からこみ上げてくる生理的な根源的な恐ろしさなのよ、大げさでなくさ。

終わらないことも怖いし、

終わってしまうことも怖い。

もちろん果てしない未来の時間なので、とっく僕の肉体は滅びているのだけれど、僕が死んだのちも何かがずっと存続していくことや、すべてがいつか消えて無に還ってしまうことが、固体の消滅よりずっと恐ろしく感じました。

いてもたってもいられない感じ? わかるかな?

そんなことより明日の飯をどうにか調達せよ、って思う人。正解だと思う。そうやって日常に追い回されているうちは恐怖を紛らわせるから。

やがて大人になり、相対性理論とか、ほかにも最新の宇宙論とか、あるいは精神世界の読み物を読むと、昔考えていたほど時間が単純ではないと気づき、どこかほっとしました。

終わるか続くかの二択ではないかもしれない。宇宙や時空をもっと矛盾を孕んだ形態で存在しているのかもしれない。いや、そもそも僕らが「在る」と見なすカタチでは存在していないのかもしれない。

たぶん、宇宙は、時間は、終わらないし、続いてもいない。

そんなわけはない、白黒はっきりせーや、という断定をすり抜ける弾力が宇宙にあって、いつも人間をはぐらかしている。

龍樹が多用する四句否定(テトラレンマ)

「リンゴがあるとも、ないとも、その両者であるとも、その両者でないとも言うことはできない」

そんな詭弁のような物言いが、実は真相なのかもしれません。

言葉や思考寄せ付けないその真相を掴むことができたなら、僕の恐怖は消滅するかもしれません。

したらいいな。

しねーかな。

たとえ見てみぬふりをしてても、いつか同じ問いにとっ捕まるような気がしてる。

それらを返り討ちに、とまではいかなくても、自分のうちで解消できた人たちがきっといたんだろうな~!

それは世界を征服するよりもきっとすごいことなんだと思う午前11時56分。