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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

変貌する世界

もうホントにびっくりするような報告を昨日はたくさん聞かされました。

近しい人たちが長く慣れ親しんだ場所や組織を離れるという話、養子や海外転勤のこと。いろいろびいっくりでした。

いや、なんちゅう急流に僕たちは漂っているんでしょうか。まさにドリフターズ。昨日までの当たり前が今日はもうそうじゃなくなっている。

ずっと当然のように続くと思っていた繰り返しの日常がある時、ストンとあっけなく失われる。

お釈迦さまに言われるまでもなくこの世は無常だ。飽きるほど迎えた朝だけれど、次があるとは限らない。

そして僕らはどこへ行くのでしょうか。

$続・エビで龍を釣る

≪我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか≫ ゴーギャン

この絵はとても好きです。流転する世界を躍動感ある筆致で描いた傑作です。でも、今日僕が感じているこのおぼつかぬ気持ちをうまく表現してはいません。

音楽はどうでしょうか?

CARAVANという歌手の歌にこんな歌詞があります

変わり続けるのさ 変わらないために 空に漂う雲の様に

流れ続けるのさ 流される前に 風に逆らう鳥の様に

多くの人に聴いてほしいとてもよい曲です。この歌詞も真理かもしれませんが、今日僕が感じている薄らこそばゆい気持ちをうまく表現していません。

自分も世界もびゅんびゅん変貌していきます。そこで唖然として置いてけぼりの食らうのは嫌ですよね。でもね、変化に視点を定めれば嫌でも置き去りになります。風景はアイスクリームみたいに溶けて流れさっていっちゃう。

じゃ、どすればいいのですか?

自分のどこかにある変わらぬ一点を見つけてそこに住民票を移せたらいいよね。全天の星たちがそこを中心に巡る北極星みたいな一点に。

じゃないと、この巨大は回転運動に振り落とされます。暴走メリーゴーランドから落馬してしまう。それも楽しくないわけではないけれど、そんなのに永遠に翻弄され続けていたくはない。

だから何かを見つけるのです。変わらない不動の定点を。

そして結局全てのめまぐるしい変化はそこを目指していたりするんだよね。行き着く先はどのみちそこ。古来から人はそれをいろんな名前で呼んできたかもしれない。

僕はまだ親しくないからフランクな呼び名はないけれど、いつかお近づきになれたら気軽に呼びかけたい。

いや近すぎてわからないだけなのかも。

これ以上お近づきになれないくらいそれは間近にあり、同時にすべての生々流転から隔たってあるのなら、僕らはもうとっくにそこに在るのかもしれません。