読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

煙突の消えた町

我が家のそばには銭湯があります。

50メートルくらいの距離でしょうか。お風呂は家にあるのですが、子供の頃は、みんなでよく入りにいったものでした。

銭湯のおばちゃんはとなりでお好み屋さんもやっていて、これもまた子供のたまり場になっていました。僕の近所の子供たちは非常に幅広い年代層が、そこで少年少女時代のかけがえのない情景を得るのです。

同級生と久しぶりに会えば「あのおばちゃん元気にしてっかな~」と必ず話題に上ります。

おばちゃんの方にしてみれば、毎年毎年入れ替わり立ち代りガキどもが来たり離れたりするのでひとりひとりの顔なんて覚えていないのでしょう。

これは僕の学校で教師をやっているのでわかります。向こうは人生のある時期に出会った数人の教師だから覚えていても、こちらは何十人かの生徒のひとりなので卒業してしまうとなかなか名前は思い出せなくなります。

というか、いちいち名前を完璧に憶えようとしたらこんな稼業やってられねえのよ。

もちろん在学中は失礼なきようちゃんと憶えて呼ぶよ。でも、卒業した途端、枷が外れたように記憶の鳩は中空に舞い上がっていくのよね。

バタバタと。なので卒業生の皆さんは、「おぼえてますか〇〇です」と名乗ってください。

したら安心して「〇〇かぁ、もちろんおぼえてるに決まってるじゃないかぁ」と罪のない嘘で誰も傷つかずにすみます笑

それはいいとしてさ。

そのね、銭湯がね、あとひと月で営業をやめるという。最近はとんと行ってなかったし、タトゥーの件もあって行っても入れないかもしれないのだが。

なんとなくひとつの時代が終わったような気がして寂しい。

営業不振ではなく、ボイラーの修理に多額の費用がかかるため、それならもう潰すか、ということらしい。まあわかるよね。

でもさ、それにしてもな~

あの煙突の消えた我が町の風景は想像できません。空が広く感じるのかな?

見慣れたレンガのブロックが抜けたような、櫛の歯がひとつ折れたような、そんな侘しい思いになります。

お盆あたりに同窓会をやるのですが、それも想いを過去に巡らす原因なのかもしれない。

なんだかわからないが、僕は呆然としているのだ。

こうやって時間は過ぎて、物事は移り変わって、何もかもが流れていくのでしょう。さよならだけが人生だ。まあね。

夏もそろそろピークに向かっていきます。いっときの儚い盛りであろうと、繰り返し再帰するけだるい夜の寝苦しさであろうと、くぐり抜けて、また新しい手つかず真昼の中へ出ていきましょう。