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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

出会いがしらを演出したい

どんなものにも合う合わないの相性があって、ダメなものは逆立ちしてもダメ、なんてことはけっこうあったりする。

無理強いする気がないのだけれど、僕のイタズラ好きな性格は、合いそうにない人に合いそうもないものをぶつけてみたくなったりするんだよね。

ミスマッチの妙というか、意外性の美学というか、悪魔合体失敗!!!だがすげーのが出来た!!みたいな笑

でもね、そんな化学反応が起きることは稀である。

パンク的な資質のないやつに「デッドケネディーズ」や「バッドブレインズ」を聴かせても無駄だし、マンガで育ったうちの妹にフランスのヌーヴォーロマンとか読ませてもダメなのである。

草木染をはじめようかっていうナチュラル志向の知人にはヤンキー漫画はそぐわないだろうし『コインロッカーベイビーズ』も受け付けないだろう。

神も仏も信じない唯物論者に『歎異抄』や『バガヴァッドギーター』や『タルムード』を与えてもトイレットペーパーにするのがオチである。

オーストラリアに留学して憶えた英語で、米軍基地の海兵と付き合うような女に李白とか陶淵明とかの味わいなんてものは、遥か事象の地平の彼方である。

かくいう僕にしたって、ゴスやヴィジュアル系音楽、ひいては宝塚とかを好きになれるとは思わない。

火花ひとつ、ケムリひとつ、生じない。

しかし、これ、諦めずに嫌な顔をされながらでもぶつけていくのをやめずに続けていくとたまーにラッキーパンチがあるのです。

どう見ても好きそうじゃない人が、どう見ても好きになれそうにないものを愛してしまうことがあるのです。

例を挙げることができないのが心苦しいが、そういうことはままある。三十路を過ぎてもそれは(確率的には低いが)ある。

体質やセンスと思われるものが、どこでどうやって形作られるかわからないが、予測もつかない意外性でもって人と人とを、あるいは人とモノとを、それは結びつける。

義弟のさらに弟は、会計士なのだが、最近手相占い師になりたいと言い出した。それはいい。彼のイメージの範囲内である。しかし、あるとき、車中で聞いたCDで流れていたヒップホップが彼のラップであることを知ったときはひっくりかえりそうになった。

ヒップホップという風体ではまったくないからである。

野暮ったくてオタクっぽいお兄ちゃんだったからだ。ネットゲームと萌キャラ大好きという、わたしの職場に最も群生している人種に極めて近いオーラをかもし出していたのに、なんとクラブでライブなどもこなすというから驚いた。

人は見かけによらぬものだ。

まぁ、ヒップホップに対する僕のイメージが古いといえばそれまでなのだが……

わからないのはどうやってそれを出遭ったか、ということだ。稲妻のような一撃があったのだろうか?

パブリック・エネミーの2枚目にヤラれたとか、カンフー映画からウータンクランを知ったとかそういうの?

うーん。イメージしにくいわ。謎である。

ともかく、セルフイメージに見合わない、なんだかわからないものを愛してしまった面白い人たちがいる一方で、決して自分の殻を破らない頑固なやつらもいる。

僕なんかはヴェジタリアンだが、そこに行き着くまでは、たくさんのイケないもの、わけのわからんもの、身体に悪そうなものを摂取し尽したあとなので、健康や思想というより余生のようなものだ。

そろそろヘルシーの方へ引退させてくれ、みたいな。わしゃ疲れたよ。よぼよぼ。

基本的には雑食が好きである。その後でいっくらでも保守的になったらいいと思うのだが、それもまた資質によるらしい。

人間ていいな。