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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

隘路と沃野

職場の飲み会でやたらガタイのいい方がいたので、話しているとシュートという総合格闘技を長年やられた人で、珍しいのでちょこちょこ話をうかがっていましたら、今度いっしょに練習をさせてもらえることになりました。

上半身の極め技・締め技を教えてもらえることに。やった!!

ジムや道場によって、上半身、下半身など重視するエリアに違いがあると仰ってました。また個人によっても攻めたくなる場所が違うのかもしれません。

この方は、山本KID選手とも練習したことがあるそうです。

またプロレスの神様と言われたカールゴッチより伝わった技を伝授してくれるそうです。贅沢ですね。

武術と格闘技は似て非なるものです。どちらにもいいところはありますが、広く皆に門戸を開いているという意味では格闘技のほうが風通しがいいように感じます。

武術は、その性質上仕方ない面もありますが、伝統や秘匿性に縛られていて、その内側にいると時々息苦しくなってしまいます。

また、内部完結してしまうきらいがあり、ともすれば、内輪の思い込み以上のものではなくなってしまいがちです。

そういう意味では、いつも「外」に視線を注ぐ必要があると思います。

秘伝や奥儀というものは、ほとんどが、実はもったいぶるほどのものではないのでしょう笑

聞いたからといって簡単に体現できるものではないし、すぐにできてしまうものなら、聞かなくてもセンスのよい人なら独力で発見することも可能でしょう。

また、不用意に使用されては「危険」だから、使う人の人格や修養が問われる。というのもちょっとナンセンスです。

包丁一本、ホームセンターで購入すれば、そこらへんの奥儀よりも攻撃力のある武器になってしまうし、レジでのお会計時に人格を問われる心配もありません。

そんな時代に秘伝を秘伝として伝える必要性は何でしょうか?

情報をシェアして業界全体のレベルアップを担ったほうがいいような気がします。そうすればさらに深い技術に気付く人たちも出てくるでしょう。

と、こんなことを書いているとお叱りを受けそうですね。

もちろん、秘伝であることのメリットもたくさんあります。自己解釈による劣化を防ぐなど、数え上げればそちらもキリがありません。

すべての物事がそうでしょうが、メリットとデメリット、効用と弊害の境を切り込んでいくしかないのでしょう。

そうやってギリギリの隘路を抜けて眼にした世界はとてつもなく広大で身も震えるほど感動するんだけど、またデッドロックは現れる。

そしてまた不可能と思われたそれを越えて進んでいくとさらに大きな宇宙が……

こんなバカげた繰り返しが楽しいなんて因果な生き物に生まれついちゃったもんです。

さて、求道者という人たちは、どうなんでしょう、とてつもなく広い沃野に躍り出たいのでしょうか。

それとも自己存在の矛盾を突きつけられるような隘路に立ち止まって天を仰ぎたいのでしょうか。

きっとどちらでも構わないんでしょう。そこに未知の手触りがあれば。