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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

病の来る道

昨日は診察ではないのですが、病院に行きました。

特定疾患の診断書を書いてもらうためです。僕が2011年に罹った潰瘍性大腸炎は難病に指定されているので、治療費を国に負担してもらえるのです。ありがたいです。

原因は不明ですが、自己免疫機能が自分を傷つけているものだと言われています。

自分が自分に背くということなんですね。この症状がどこから来たのか、と言われれば、ぶっちゃけ自分から来た、としか言えないのかもしれません。

これはもちろん同じ病気の方に「おまえ自身が悪いのだ」とか「自己責任」とか言いたいのではないのです。

生命が生命として自分を守る機能がそのまま自分を損なう結果になる。そういうことがある。

この間、合宿に行った町で、無病息災を祈願するために鬼に扮するという祭りがあると言いましたが、そういう発想も、「外」から来る災厄を撃退するというなのでしょう。

賽の神とか、道祖神などの慣習も、土地の境目にそれを置いて、疫病などの侵入を防ぐという目的のためだと言われてますね。東栄町にもあったよ。

インドによくあるシヴァリンガムにそっくりなのに驚く。インド伝来でしょうか。

それはまあ余談として、病気って外から襲い来るものとして考えられていたんだよね。道祖神はそれに対するセキュリティシステムとして考案されているんだよね。鬼になる祭りは防災訓練の一面もありますでしょう。

ともかく災いや病気は得体の知れない魔境たる「外」から来る。

心の病気であっても、昔の人は狐狸の類がついたとかって外の何かに原因を求めるもんね。自分の他に原因や敵を求める他罰的な発想にもメリットはある。

ともかくおれは悪くない。被害者はおれだ。可哀相なのはおれだ。あたしがブスならあんたはドブスだ! やーい! おどれら、みーんな、へんな顔。ぞうり虫。屁ひり虫!

なんてやってりゃ、自己卑下も自己否定もしないですむ。ある意味健康的です。

でもそれだと「外」との絶えない闘争が終わらない。

時代が進むと、外だって文字通り天外魔境でもなんでもなく、普通に人が住んでいる「ここ」と地続きの場所だっていやでもわかってくる。

そうなると外に全部責任を押し付けるわけにゃいかなくなるよね。

中国なんかは内なる矛盾や摩擦を外に転化しているよね。いいのか悪いのか笑

内か外か、どこに矛の先を向けるべきのなのかな~! たまにはそんなことも考えてみたいものです。