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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

デジャ・ヴュ

お疲れさまでした。

金沢への旅から戻り、ほっと我が家に寛いでいるところでございます。

旅の詳細はまた明日にでもブログに書きたいと思いますが、昨夜デジャ・ヴュというやつを経験しました。もちろんそんなに珍しい現象ではないのでしょう。

でも、あの感覚は不思議ですね。

知ってるはずなのに核心に届かない感覚。もどかしさと懐かしさのない交ぜになったような……そんな表現だと大げさだよね。実際のデジャ・ヴュは一瞬のうちに訪れ、刹那のうちに去ってしまうのもの。

キョトンとしてるうちに「アレ?」ってなかんじ。

昨日はそれは、金沢で飲み歩いてて3軒目のお店でのこと。先客のホステス風の女性が、なにかの拍子に笑った、その瞬間にデジャ・ヴュに見舞われ、僕は「あんれま?」となりました。

同席した女性は「デジャ・ヴュって安心しない? 来るべき瞬間来るべき場所にたどり着いてみたいな。ちゃんとチェックポイントに来たって感じ?」

なるほどそういう見方もあるかもしれません。

かもしれないが、チェックポイントならもっとさ……ホステスの姉さんが笑った瞬間なんてさ。

もっと、産卵した海ガメがポロリと涙を流す瞬間とか、紛失したコンタクトレンズをジーンズの折り返した裾の中に発見した瞬間とか、なんでもっとそういうわかりやすい場面ではないのだろう。

いつも別にどうってことない瞬間にそれは訪れる。

いや、これは全ての瞬間が、「別にどうってことない」なんてことはない、と教えてくれるためにあるかもしれない。かもね。

ホステスのお姉さんたちは仕事ではないアフターの「一杯やろか」の時間だったので、それほどに品をある笑いをしたわけではない。それでも心からただ笑って、ただ笑っていました。

生まれてから何万回もするような何の変哲もない笑いだったけれど、同時に一回こっきりの貴重な「ぎゃはははは」あるいは「どはは。あっは」だったわけで。

だから、一回こっきりにしとくのがもったいないということで、僕にデジャ・ヴュを見せて、割増感?っていうかお得感を出してくれたのかもしれない。

名も知らぬお姉さんたち、お得な気分にさせてくださってありがとねん。また来るよ金沢。またどこかの同じ空気の中に居合わせたら、今度は一緒に笑いましょう。

何万回目かの、それともはじめての「どはは」で。