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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

2020年五輪

決まりましたね~オリンピック。いやーめでたいめでたい!

と普段であればお祭り好きな僕です浮かれてしまうのですが、今回はやはり喜びきれないな~

正直オリンピックに投入する資金や労力を福島や被災地につぎ込んで欲しいです。「終わったことは忘れたこと」にするのは僕も得意技なんだけど、このフレーズは、本当に終結していないことには使えない。

東日本大震災とその後の被害のうちには、終わっていないものがたくさんありすぎる。いや、まだ始まってさえいないものがあるだろう。

原発事故の影響は、これから顕在化してくるに違いない。

チェルノブイリでは子供たちの甲状腺ガンが急増した。すでに平均的な発ガン率を上回っているという話もあるが、数年後にはもはや隠しきれない数になるはず。

その中でのオリンピックか。何か寒々しいものを感じる。確かに復興という上昇線の中にそのような国際的イベントを置くことは国家的なモチベーションになるし、景気づけにももってこいだ。

でも、

はたして現在の日本は「上昇線」にあるのだろうか。むしろ出口のない迷路、もがいてももがいても行き着く果てのない泥沼の中にいるんじゃないだろうか。

前回の東京オリンピックが敗戦からのカムバックを印象付け、自らもそれを理由に奮起するのにうってつけだったであったとして、今回のオリンピックは同様の心理的精神的起爆剤となりうるのかな。

被災地の人たちは、オリンピックを遠い祭りの囃子としか思わないだろう。

首都と被災地。その間には経済よりももっと深刻な心情的格差が生じるだろう。そうなったら、我々はこの国がほんとうにひとつだと信じれらるだろうか。

引き裂かれた現状をもって、僕らは、ひとつの日本だと感じられるだろうか。

オリンピックがスポーツマンシップに則った競技によって国が一丸となり、ひいては世界が一瞬だけでも拭いがたい亀裂を埋めがたい友愛を思い出すというのが趣旨であるなら、開催国を国民感情を引き裂きかねない今回の開催にメリットはあるだろうか?

それはむしろオリンピックの精神の冒涜ではないか??

でも、決まっちゃったもんは仕方ない。避けられないのであれば、楽しむべきだ。

ただ、それが見たくないものを見ないようにするための見栄えのいい遮蔽幕であってはいけないよね。

そういえば漫画「AKIRA」の設定と同じ2020年のオリンピック開催なのだ。漫画はオリンピックの前年2019年がスタート地点となる。

$続・エビで龍を釣る

第三次世界大戦後の復興途中の日本というのも、大震災後の日本とややオーヴァーラップする部分があるね。

もちろん、さらなる圧倒的崩壊がそこから始まるのだけれど、現実はそこまで漫画を踏襲してほしくないものであります。