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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

唯物論的サバイバル

解剖学者養老孟司さんの講話。

とってもいい話だ。感動したというのとは違う。穏やかな語り口にゾッとするような炯眼と諦念見え隠れします。長い動画だけれど、できれば全部通して見ていただきたい。

ここには心地いい唯物論がある。それは科学偏重というのとも違う。

唯物論の反対は不可知論でも、神秘主義でもなく、行き過ぎた人間主義

花鳥風月を置き去りして人間関係に偏し過ぎた現代人は恋愛やいじめで死ぬ。

あっという間に死ぬ。ざっくりすぎで言えば、そんなことを仰っている。

死体や虫や猫や台風に触れ合っていなければ、人間関係の不全で命を絶ってしまう。

「幸せ」の根っこを人間関係だけに置くのってリスキーなんだね。

よく、人間に雛の頃から育てられた鳥類は人間を親と思う、というけれど、その親ってのは、人間が思う親の概念とは違うだろう。

人間的な親子の情を想定していたらがっかりさせられるかもしれない。鳥は人間を、生物学的な親とは認識するかもしれないが、人間たちの世界におけるパパママとははっきり異なるよね。

そうして、人間は人間でないものを人間の世界に引き込む。ペットを家族とみなし、巨大な野生の世界を箱庭に改造してしまう。

人間の人間らしさが人間性を損なうというジレンマ。

そのジレンマともつれを自分なりに解くことがサバイバルなのかもしれないね。

そして人間は「好きな」ものを選べないということ。自由意志とは何か。心身二元論はどこまでが本当で、どこまでが……?

などなど動画の中で提示されていることは多くあります。

そしていくらエライ学者であろうと、手の届かない「わからないさ」の実感がここにはある。二流の人ほどわかったふりをしてしまうものなのでしょう。

本当は何もわかっていないのに、その不安に耐え切れず、持ちこたえられず、わかったようなことを口にしてしまう。

昔ながらの「無知の知」というやつですが、それができている科学者ってどれだけいるのだろう。自分の無知を巧妙に隠すのに長けた人が素晴らしい学者なのでしょうか。

むしろ無知を無知のままさらけだし「わからなさ」の突端まで行き着いた人こそが信頼に値すると思うんです。

養老さんの「わからない」という言い切りは、果然としていて気持ちいいです。