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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

ウィンターズ・ボーン/凍てつく波動

今日は昨日のウォッチメンといっしょにレンタルしてきた『ウィンターズ・ボーン』です。

なんというかくすんだ山間の世界で物語は展開されます。ヒロインの父親は何やら罪を犯したらしく家にいません。母は現実に打ちひしがれて正気を失っています。狂っているというより外界に無反応になっているというのかな。

妹と弟の面倒をみながら、必死に現実に抗う17歳のヒロイン。

色のない無情な世界でどう振舞うのか。そこは血と因習につながれた世界です。このエリアに住む人たちは、アイルランド系の移民なのかな。楽器はそれっぽい。

物語としては保釈中に闘争した父親を探し出すというもの。父を見つけられなければ、父が保釈金の担保にした土地と家を取り上げられてしまうのです。

ヒロインはタフですが、それでもやはり17歳の少女です。小さな共同体内を駆け回りますが、はかばかしい援助を得られません。

誰もが厄介ごとに首を突っ込むなといわんばかりに押し黙り、ただ帰れと追い返すのです。それでも誰もがここでは血縁であり、彼女のことを気にかけていないわけではない。しかし、あまり目立つことをすれば爪弾きになってしまう。

まるで日本的な同調圧力というべきものが働いています。いや、日本的であるというよりは人間であれば誰もが持つ自己保身の習性なのでしょう。それでも、リスクを犯して彼女に手を差し伸べる人は現れます。

まず、父親の兄であるティアドロップです。彼も最初はヒロインのリーをすげなく追い返した人間です。それから友人の女の子名前忘れたけどさ。彼女も旦那の言いなりになって車でリーを州境まで連れていくことを拒否しました。

それでも、後になって、旦那から車を借り出してくれます。

それからさらに多くの人間が、それなりに彼女のそこはかとない優しさで手助けをしてくれます。もちろん心温まる人間愛というニュアンスではないのですが。

罪悪感を持て余すよりは人は人を助けるのだということをこの映画は教えてくれます。逆に言えば友や係累に冷たくなりきれない不器用な人たちの集まりを描いた作品でもあります。

作中の背景を知ることはこの物語の理解につながるので、是非町山智浩さんの解説なども参考にして欲しいですね。

この作品に出てくるヒルビリーと呼ばれる人たちがアメリカにおいてどういった存在で、アメリカの文化にどういう影響を与えているかはとても興味深い問題です。

肥沃な大地でなく、荒れ野に住まうことを選んだ者たち、彼らの頑迷で固陋な性質は果てしない停滞か、はたまた紛れもない反骨の精神か。

選べるのなら、彼らは彼らの選択をするでしょう。

僕たちには僕たちに課せられた選択があるはずです。