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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

御復活のラウレンシオ

ブラザー・ローレンスと呼ばれたこの方は、カルメル派の篤信者でした。

大きなことをしたわけではありません。聖者というにはあまりにも慎ましく地味に生涯を終えたのです。奇跡を行ったわけでもなく、新たな会派を開いたわけではなく、ただ晩年を料理人としてつつましく過ごしたのです。

死後、彼の手記やなんかが見つかって、それがあまりに感動的で、人の模範となるものであったので『敬虔な生涯』という書名で出版されました。

こういう人は歴史上たくさんいたのでしょう。

ブラザー・ローレンスでさえ、それなりに名を残したのですが、まったく無名のまま忘れ去られている人も多くいるはずです。そしてそのことに本人たちは満足していたはずです。

日本には妙好人という人たちがいました。阿弥陀の名号を唱えて、それに全てを任せきることで不変の「安心」に達した人たちです。

鈴木大拙の本にもそんな人たちの記録が綴ってありました。目立たずつつましく生きているだけなのですが、その存在感で人をひきつけたのです。

赤尾の道宗、因幡の源左、石見の才市といった人たち。

彼らは出家した僧でもなく、学識もないのですが、素朴で純粋で真っ直ぐに「それ」を信じゆだねきりました。

「それ」はさまざまです。文化背景や信じる教えによって違います。でも、本当はどれも異なることなくひとつなのでしょう。

ラーマクリシュナの生涯に接しても、ヴィヴェーカーナンダの著作『バクティ・ヨーガ』を読んでも同種の人たちに行き当たります。

これはきっとあるひとつのことを示しています。

どんな時代、どんな地域であれ、「それ」を心から信じるものは、人生の苦しみや難問を超克することができる、という可能性です。可能性というよりもどこでもいつでも何気なく起ってきた興味深いがありふれた現象といったほうがいいかもしれません。

とはいえ、それは本人にとって、そして彼を包むすべての人と環境にとって奇跡であり恩寵であるのでしょう。