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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

クローズ1・2/ポケットの中の戦争?

ロッド&リールの巻(レビュー)

ガンダムのシリーズに「ポケットの中の戦争」というOVAがある。

昨日、何の拍子にか続けて観てしまった「クローズ」映画版について、これ以上ふさわしい言葉はないように思える。彼らは校内で、あるいは校外でも、ただ赴くままにケンカを繰り返す。

ように見える。

十代の無軌道というなかれ、これはポケットの中の戦争なのだ。小さな世界のくだらない小競り合いではあっても、当然それは世界の縮図であり、大人たちの真似事なのだ。

主人公の源治に、その色合いは濃い。なにしろ、彼はヤクザの父親を持ち、その父親の姿を見て育ちながらもその父親に反発している。そのくせ、彼が鈴蘭高校という物語の舞台である札付きの悪学校を制覇したあかつきには、父親の組織をくれと要求するのだ。

父に反発しながら、父親と同じ高校に入り、父親の組織を自分から引き継ぐという少年はいびつにねじれている。反発するなら、勉強でもして有名大学に入り、学者とか公務員とは、父とはまったく違う道を歩けばよかったではないか?

無軌道と言いながら、その軌道はパパそっくりな少年源治の、これは物語なのだが、ライバルである芹沢もいい。山田孝之の好演が光っている。正直、主人公の源治よりもカッコいい。

この芹沢は誰よりも遠慮なく破天荒に見えながらも、校内の秩序を維持し、仲間を守り、仁義も通すという非常に「大人」な人物なのである。それでありながらももちろんやるときゃやるし、仲間に打付き合って仲間以上の馬鹿をしでかすだけのサービス精神も持ち合わせている。

男が惚れる男ってやつはこっちだと思うな。作中では源治の魅力に皆が付き従っていくという流れなのだけれど、むしろ芹沢の魅力の前に源治の影は薄い。

ただ、源治の悩みながらも成長して姿は教育映画としてはとてもいいよね。

ケンカが強いだけじゃ人はついてこないという真実に気付くまで、源治は苦悩し、立ち止まらねばならない。それがわからないからこそ、この物語の世界観の上限というべき、無敵の男リンダマンに何度も挑戦していくのだ。

単純に強さで劣ることがどうしても許せない、そんな幼さから2の最後までも抜け出せないのが、源治の欠点であり魅力でもあるのだろう。

そうリンダマンはウォッチメンのドクター・マンハッタンのように、この世界の基準を超越してしまったキャラクターなのだ。腕っ節だけで勝つことはできない。そして、なにより彼ほどの強さを持つ人物に、人は集っていないではないか。

たとえ札付きの悪学校とはいえ、人を束ねるのに必要なのは、武力ではないのだ、と源治は早めに気付いてもよさそうなものだが、懲りずに挑戦を繰り返す。

芹沢はリンダマンにちょっかいを出さない。凶暴に見えて自分から血を流すような愚行を犯さないのが彼の源治にはない賢さなのだ。

そして彼らには卒業が来る。学校を纏め上げようが、そうでなかろうが、結局、王座も何もかも手放す日が来る。わずかな栄光のために彼らは拳を振るい、血を流す。王朝や幕府を作る気もない。

千年王国なんぞ退屈でやってられないのである。だからこそ、濃密で沸騰するような一瞬の戦争が欲しい。ポケットの中でもいい。それが「未来」や「世界」に通じている必要はない。

現実に追いつかれる前に力や衝動に酔いしれておくのだ。

その輝かしい記憶が、それだけが、大人になった彼らの決して錆び付かない美しさになるのだろうし、ことによると、過去の追いすがる醜さにもなるだろう。