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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

八卦掌へのアプローチ

さて、今回は柄になく武術の話題を。

ありがたくも講習会の内容についてリクエストをしてくださった方がいらっしゃるので、さしさわりのないあたりまでレポートしようと思います。

今回は八卦掌を取り上げて、特に八母掌の単換掌、双換掌の型の練習、それから歩法から、戦闘法までをざっと練習しました。

中国武術は、練習者の個我を払拭して、門派の核心に入り込んでいくこと、そこに要諦があります。技を使うのでなく、技に使われる、そんなあるようでない、主体なき主体性を得ることが肝要なのですが、こうして説明していても抽象的すぎますね笑

なぜ、こんな精神論的なことを言うかといえば、八卦掌がとくに、通常の日常動作のみならず、日常意識からの脱却をとくに求められる門派だからです。

既成概念をどこまで破れるかが、八卦掌の上達には欠かせないでしょう。誰が見ても一目瞭然な奇異ともとれる練習法や戦闘法、そこが八卦に惹かれるマニアを大量に生み出す魅力でもあるのですが、そこがまた近づきがたさでもあったりします。

なぜ円を周回することが必要なのか。螺旋の描く身体の使い方。途切れず連続する身体操法などなど考えなければならないポイントは無数にあります。

個人的な実感としては、この拳法は、使いこなした場合、ほかのどんな拳法にもない実践性があると感じています。もちろん使いこなしてはいませんが、多少齧っただけでも、恐ろしいポテンシャルを秘めているのが如実にわかるのです。

具体的に言えば、溜める→発するという、普通の武道格闘技では当たり前といえるプロセスを連関して消化できるという部分が大きいですね。発することが同時に溜めるという次のステップを兼ねているのです。

そこが連綿不断の太極拳よりさらに持続的な流れと速さを生み出します。そして、その分だけ、我々が持っている徒手戦闘の概念をはみ出してしまうことになります。

三年練れば蟷螂拳のが強いが、十年かけて習熟したならば八卦が勝つと言われるのもそのあたりでしょう。ある種のブレークスルーが起きたとき、八卦掌はとてつもない力を発揮するかと思われます。

またその達人にほかにはない神秘的なエピソードが多いのもそのあたりに起因するかと考えられます。

でもね、やっぱ難しいのね。円というのを無限の角度の集積として捉えること。遠ざかることと近づくことのトリック。また運動の軸を体外に置くことで、融通無碍な機動性を得ること。

それらを十分に理解するには、十分にカタい頭を打ち砕く必要があるでしょう。

今回の練習では、周回しつつ、互いの背後を取り合う、いわば、戦闘機が滑空しつつ、敵の裏へ裏へと回りこみ合うようなトレーニングをしました。ドッグファイトですね。

これは歩法のスピードを速めるのではなく、飛行機でいえば、滑空と旋回の角度と深度を自在に変えていくことで優位に立つ練習です。

字面では説明不能ですね……。表現力が不足していて申し訳ない。

遠心力と求心力の性質の違い、またそれを不断に切り替えていくことも大切です。

これは伝統的な武術ではなく、もしかしたら未来の体術なのではないかと思えてくる、そんな面白さ無限の拳法です。

もし機会があれば触れてみてはいかがでしょうか。