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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

かぐや姫の物語/喜と楽に囲われたプリズナー

ザ・アウトサイダーのドキュメンタリー映画『タイトロープ』を観るつもりだったのが、上映時間を間違え観られず! 

のため、ジブリの新作『かぐや姫の物語』を観ました。古典である竹取物語かぐや姫の心理描写を入れつつ描いた作品です。野心作であることは疑いを入れないのですが、どこか妙にひっかかる部分があります。

まず、なぜかぐや姫が地上に降りてきたのかが、やはりあまりわからないのです。

地上に憧れたためにその願いを叶えられて降ろされたのか、それともそのあってはならない憧れのために課せられたペナルティとして降ろされたのか。

予告編のキャッチコピーでは「姫の犯した罪と罰」となっているのでペナルティであるようなニュアンスが濃厚ですが、それが望みであったことも間違いないでしょう。

そして翁が天の意志として、受け取った小判や着物は誰からのものなのでしょう。月世界からの差し入れなのか、もともとかぐやがそれを受け取れるように自分で設定していたものなのでしょうか。

そのプレゼントを翁が都へ行って貴人となることと勘違いしたために、かぐやの悲劇は起ったのですが、それがかぐや自身の意志であれば、悲劇ははじめから仕組まれたものとなります。

また月世界の意志であれば、かぐやは確かに翻弄され罰を受けたことになります。

なんとなくそのあたりの仕掛けがわからないのです。都会と田舎の暮らしのギャップに翻弄されることそのものが、かぐやの味わいたかった地上での暮らしならば、それは達成されたことになります。

であるならば、苦しみつつ別れをつげたあのかぐやの様子ももともと本人のセッティングであり、そこに感動はないでしょう。すべてが予定調和だったのですから。

月世界の住人たちは、地上の人たちとどう違うのでしょう?

どうやら苦しみも葛藤もなさそうな、ただ楽とゆるやかな喜だけが続く世界のようです。そこからはみ出たかぐや姫は果たして罰を受けたのでしょうか。

実は月の住民のほうがおだやかな喜楽に閉じ込められた囚人であるように見えます。どちらが罰を受けているのか、それがあべこべなのかもしれませんね。

もしかしたら、あの天国のような牢獄からの脱走者のひとりがかぐや姫なのかもしれません。あのたなびく雲に乗ってやってきた天人たちに連れ出されるとき、かぐや姫は再収監される囚人のように悲しげに慄いていました。