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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

やんちゃコーナー

先日相も変わらず皆で宴をしておりました。前にこのブログでも書いたファイヤーダンスを観た日のことです。

午前3時あたり、友人を送っていきがてら、ラーメンでも食おうという話になり、41号沿いの横綱ラーメンに入ったわけです。

車を止めると前のスペースにワンボックスカーがあり、こんなシールが貼ってある。

「悪ガキ in car」

赤ちゃんとかが乗ってますよーというやつの悪ガキバージョンである。おれはワルいから間違っても粗相するんじゃないぞ、ということでしょう。自ら誇示してくれたほうが当方も間違ってもぞんざいな扱いをせず、丁重に振舞えるというもの。

僕は日頃から、ヤクザはヤクザらしく、不良は不良らしく、わかりやすい符丁を身にまとってくれたほうがいいという意見を持っています。人は見かけによらないと言いますが、その内と外との齟齬が余計な事故・トラブルを生むのです。

予備校生風なのに実は歴戦の傭兵である。

とか、

清涼飲料水のボトルなのに、中身は液化窒素である。

とか

軽四のボディなのにエンジンはF1のものである。

と、そんなふうに見かけと中身が食い違った世界ではおそろしくて生きていけない。

ま、それはいいのだけれど、ああ、この車の所有者の悪ガキがこのラーメン屋にいるのだな、と僕はぼんやり思ったわけ。

でもね、そのことを忘れてつけ麺を食し、さてお会計という段になったとき、僕はふと、店内を見渡して、どれが件の悪ガキなんだろうか、となんとなく探った。自分の分の会計を終えて手持ち無沙汰だったからね。

すると、レジ横の子供が好きそうな玩具がたくさん置いてある一角にこう書いてあるのが眼に飛び込んできたの。

「やんちゃコーナー」

一瞬、前頭葉から「?」が舞い散ったけれど、ほどなくそれが、

「おもちゃコーナー」だと気付く。

刹那の見間違いだが、悪ガキっぽい風体の人間をサーチしていたという意識の前提条件が「おもちゃ」を「やんちゃ」に読み違えさせたのだ。思わず自分の脳が演じた詐術に笑みがこぼれる。

車のステッカーが「アラレちゃん in car」だったら、

「うんちゃコーナー」に見えていたはずだ。

店が横綱ラーメンでなく、ミスタードーナッツだったら。

「やむちゃコーナー」だったに違いない。

アラレちゃんの最終巻を読んだあとなら

「ばいちゃコーナー」

もういいや。ともかく!

人間なんてその程度のもの。なんちゅういい加減で頼りがいのない生き物でしょうか。

脳はこの世界を切り刻んで編集し校正し補正している、刻一刻と。原型も残らぬほど暴力的に加工しているのか、ほどよく味付けしているのか、それはわからない。誰にもわからない。

amazarashiの「古いSF映画」という曲には「あなたの見てるこの世界は誰かの創作かもしれない」というフレーズがあるが、「誰かの」どころかあなたの自身の創作なのだ。