読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

孟嘗君

戦国四君のひとり。「鶏鳴狗盗」の逸話で有名な孟嘗君の小説です。

作者は宮城谷昌光さんですね。この方の作品ははじめてだったんですけど、古代中国を題材にした作品を多く書いてらっしゃるよう。

僕は孟嘗君には興味があったんで、とても面白く読めた。食客という多才な人材を抱えるという慣わしは孟嘗君の父田嬰から始まったといわれる。

これは様々な能力・特技を持った人間を住まわせ食を与えるということで、食客たちは自由意志で主人のために働くという感じ。

正社員ではなく契約社員? いや雇用関係とは呼べぬほど、それは緩い拘束力しか持たないのだけれど、一方で、一宿一飯の恩義のためなら、と命を賭けるほど苛烈に尽くす食客もいる。

なかなか面白い形のつながりだよね。これは主人の人格に惚れ込めるかどうかにかかっている。魅力のない主人のもとには人は集わない。まして命をかけるなど。

FA制みたいなもんか。違う?

そんな食客制度に加えて、主人公の孟嘗君が生涯でいろんな国を渡り歩き、そこに居つくことなく流れ流れていく様は、ひとりの主君に仕える日本の武士などとも違ってフレキシブルで大陸的な鷹揚さが溢れている。

それでいながら信義や仁徳にも欠けることなく振舞う孟嘗君は、なるほどある種の理想的な存在であり、作中でほのめかされるように確かに天より降された調整者のようではある。

このような完成された人徳と振る舞いは孟嘗君育ての父白圭にも当てはまる。

中華的な中庸の徳というのでしょうか。利をむさぼるのではなく、市井の名もなき民に還元することを忘れない。受けることと与えることのバランスがとってもうまい人です。見習いたいものですね。

作中あるキャラクターを評して「誠にして重でなく、明にして軽でない」みたいなことを言ってた。つまり「誠実であるが重苦しくなく、明るいが軽薄ではなくて、ちょーどイイ!」ということです。これはまさに理想のバランスかも。個人的に。

もちろんそんなバランスの整った人ばかりでは、世界は理想郷になってしまうので(イケないみたいに言ってゴメンなさい)当然、アンバランスな欲望にとらわれたキャラクターも多く登場します。

長く悪役の座に君臨しつづける美男の宰相にして琴の名手鄒忌や、徳義と権勢欲の狭間で身を焼く龐涓などなかなかパンチの効いた奴らも出てくる。

ただし、全体的にそんなアクが強くないのは作者の筆致の上品さと、中華の歴史に対する一歩退いた敬意ある眼差しのためだろうか。

次はこの作品にも出てくる武将『楽毅』の物語に手を伸ばしてみようと考えている。