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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

ジーザスでクライストな24時

「キリストってクリスマス生まれらしいよ、すごくね?」とJKが盛り上がってるらしいですが、そうですクリスマス・イヴです。すげーよね、キリスト。

恋人もいない私はキッズに相手にしてもらいました(泣)

切ないです。

しかし、今日はクリスチャンな仕上がりとなりました。なんと、かのルルドの泉の水を飲ませてもらうことができた。

普通に友人の家から出てきた。すでに汲んで10年以上経過しているみたいだが、腐敗の徴候はない。ガンジス河の水も腐らないが(これは自分で実証済み)、ルルドの水も神の恩寵によって腐敗を免れているのである。

うーむ。世界には説明しがたいことが山とあるんである。飲んだといっても数滴滴舐めた程度であるが、もちろん腹痛にもならなかったし、変な味もしない。

数々の難病・業病を癒すというルルドの泉の水であるから、僕の潰瘍性大腸炎にもよい効果を及ぼすといいのですが、やはり信仰心が足りないと無理かな???

ま、奇跡のようなものはどちらでもいいのです。というより、一時期の病状を思えば普通に生きていられることがほぼ奇跡。持続する奇跡に接していると感謝したい。

今年も多くの浮き沈みがありつつ、なんとか幸せに生きている。仕事もあれば家族も平穏で友人たちは元気に活躍している。

本当に……望むなら無限に願いはあるとはいえ、これで結構、大満足と言えば大満足でもある。

夜は南山教会のミサに出席した。何度か出ているものだが、毎年国籍の違う神父さんがお話をしてくださるのでなかなか面白いのだ。

今年は中国の方でした。前は南米の人が来てて「クリスマスが寒いと思ってたら大間違いだよ」みたいなことを言ってた。

クリスマスはキリスト教以前のケルト系の習俗から冬至祭を取り込んだものだと言われてるから、ともかく寒い冬のイメージがあったけど、南半球じゃそりゃ寒くないわな。

なーんてお国違えば……的な興味も尽きないのです。

僕は賛美歌というのにイマイチ乗れないので、失礼ではあるが、みんなと歌わずにイエスキリストという存在に思念を投じてみた。姿形からその精神のあり方まで、なるべくリアルにイメージしてみようと頑張ってみた。

感じたのは、非常にピュアだが同時に世慣れたユーモアと透徹した厳しさを持った人物だった。

会場では、僕の前方のランプが揺れ、中央の席で女性が倒れた。疲れが溜まっていたのかもしれないし、信仰の高揚のせいかもしれない。

神父は、はじまりも終わりもない神という永遠の存在が、あえてはじまりも終わりもあるイエス・キリストという人間として生誕した説明のつかない不思議を聴衆に投げかけていた。

それを「受肉」というのだと。

無限のエネルギーが有限の物質として立ち現れること。

永遠の存在が限定という衣を纏うこと。

考えれば考えるほど途方もない、宇宙サイズの知恵の輪だ。解けるわけがない。

クリスマスとは、そんなパズルに降参しつつ挑む日なのかもしれない。