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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

蛇の誘惑――プレイ・オブ・コンシャスネス

ロッド&リールの巻(レビュー)

かなりディープなインド・ヨガ本である。

著者のムクタナンダ師匠はシッダヨガの伝統を伝える有名な方であるらしい。瞑想や霊的な体験にウェイトを置いていて、数ある聖者の自伝とはちょっと毛色が違う感じだった。

人間的なドラマを期待する向きには食い足りないかもしれないが、ヨガ修行の具体的な指針を求める方たちには非常に参考になるかと思う。

といっても、それもかなりぶっ飛んでいるから、普通のヨガ教室に通っているお姉さんたちに縁遠いものだ。

僕としては年末のぐうたらな生活をぴしゃりと叱責されたような気がしました。なかなか壮絶ななんだもの。

クンダリニーの覚醒とともに生じるさまざまな浄化のための体動(クリヤ)やローカと呼ばれる多世界への旅など、静かな瞑想のイメージとは大分掛け離れた色とりどり七変万化の描写が続く。

……実はこの体験の一部は僕にとって非常に馴染み深いものでもあり、だからムクタナンダに起きる現実離れした現象も素直に信じることができる。

うーん。この手の体験はあまり語ったことがないんだけど、最近はこの本を貸してくださったあるヨギさんなど、けっこう真面目に受け取ってくれる人がいるので話す機会が多い。

クンダリニー自体は気やオーラなどほんのり感じられる気分とでも片付けられそうなエネルギーとは違って、物理的ともいえるパワーで、そいつが覚醒したら間違えようがない。

とはいえ、何度も体験してしまえば神秘的ではなくなる。ま、当たり前になってしまう。神秘そのものなんだけど慣れてしまう。

成瀬先生の『クンダリニーヨーガ』に書かれているとおり、何度も上昇するうちに通路が整備されて上昇しているという感覚がなくなって全身に充満といった感じになる。ブルドーザーのような圧倒的なパワー感はなりを潜め、はち切れんばかりの膨満感に取って変わる。

今後、そのあたりのこともブログで語ろうかと思う。年末にパソコンが壊れ、僕自身も歯止めがちょっとなくなった気がしている。実は旧ブログで少し触れたことがあるのだが、その時はすぐに不都合が起きてログインできなくなったので時期ではなかったのかもしれない笑

で、ムクタナンダに戻ると、この人の体験(低次のもの)は僕にも通り過ぎた。たぶん、これはあった、これはない、と厳密にリストアップすることすらできる。

たとえば、(○は経験したこと)

身体の振動、ヨガのポーズを自然と取ってしまうこと ○

舌が口蓋上部の穴に入り込んでしまう ○ ケーチャリームドラと言うらしい。

舌が下向きに心臓を指しチャクラを開く × これはない。僕にとっては不思議な描写でした。

眼球が上向きに反り返る ○ これも後に知るのだがシャンバヴィムドラという名称でヨガ本に見つけた。

ヨガのバンダのように各部が締まる ○

みたいな感じ?

眠りとも瞑想ともつかない状態で異世界に意識が旅をするというタンドラという現象は起きませんでした。なんかものすっごい楽しそうなんだけどさ。アストラルトリップ。さすがムクタナンダ師匠はスケールが違いますな。

一方、ムクタナンダの本には書かれていなかった現象もあった。頭蓋骨の変形などである。これは親しい人には触れさせることもあるのですが、本当にバールのようなもの笑で殴られたみたいな陥没ができた。ちょっと恥ずかしい。

精確には赤ちゃんの頃に開いている頭蓋の縫合部が開いたんでしょう。頭頂よりやや後ろになります。チベット人はポアの修行の際に頭に穴が生じ、そこに花を挿したりするらしいのですが、同じ穴なのかどうかわかりません。

穴は開きましたが、頭部からエネルギーが抜けていくという体感はありません。放っておくと自然と抜けていくようです???

あとは、瞑想中に呼吸と鼓動がほとんど停止状態に近づくことですかね、これはいろんなところに記述がありますし、クンダリニー特有の現象ではないかもしれませんが、僕の場合その後に起こり始めました。

ムクタナンダ師匠の本が非常に有益だったのは、現象そのものが現象の熱っぽさ激しさとは裏腹に冷静な観察眼で描写されていることだろう。

ネット時代なので、こういった体験もシェアされてしかるべきだと思う。神秘でありながら神秘のヴェールの包まれたままにしとくにはもったいない。それは人間の心身に起こる指折りにユニークな現象でもあるからだ。

まだまだ、他にもいろいろ書きたいことはあるのだけれど、どうしようかな。こういう浮世離れした体験を語るのは恥ずかしいし抵抗がある。

数日後の後味を噛み締めて考えます笑

ともかくムクタナンダさんの著書は神と師への熱烈な帰依の書であると同時に、変容の壮絶な体験記であり、すばらしくお勧めです。