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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

笠寺観音節分前夜祭と秘めることについて

友人たちと鳴海駅周辺のお店の人たちと連れ立っていきました。

笠寺観音は名古屋の4大観音のひとつです。

ちなみに甚目寺観音、荒子観音、大須観音が残りのメジャー観音様です。

節分の祭に行くのははじめてでしたが名古屋の祭のなかでも古きよき日本の風情が色濃く残っていて素晴らしかったです。外国人は喜ぶでしょうね。

巫女さんにインスタントお祓いをしてもらいました。萌えた。

他の連中は晩飯を食ってなかったのか死ぬほど夜店で買い食いをしてた。まー食ってたな。僕はリング焼きを頂きました。

ここは水商売の人がお参りにくることが多いそうです。経済的な豊かさを含めた女の幸せ……にご利益があるそうです。

夜中にタクシーと飛ばしてクラブのママがお参りにきたりするそう。芸能人もたまにいるみたいだね。人気商売にご利益があるのかもしれない。

ご本尊は秘仏十一面観音です。一度だけご開帳の折に拝見させて頂きました。仏像の良し悪しはわかりませんが、隠すことで普遍的になったり偏在を感じさせたりする効果があるかもしれません。

イスラム教偶像崇拝をそもそも禁止してますが、日本では、一度作った偶像を秘めることで神聖な力を固定化させずに三千世界に行き渡らせていく。相当なアイデアじゃないかと思う。

もったいぶってるわけじゃないと……はず笑

どこかに固定されたポイントに行けば拝めるとなると、逆にそこに行かなけりゃ触れられないと勘違いしてしまう。そうすると物として神仏をとらえてしまうリスクが生じる。

逆に像やイメージを禁止しすぎると、抽象的になりすぎ、親しみや温もりを失い、信仰に向かうベクトルが削がれてしまうこともあるだろう。

難しいね。昔から宗教者はそういった難題に苦悩してきたんだろうね。そして天才といわれる人たち時代や環境に合わせて答えを導き出してきた。

そういう意味じゃ「秘仏」てのは日本人らしい宗教戦略だと感じる。

甘酒を飲みながらそんな歴史の苦闘に想いを馳せていたかというとそうでもない。ただもう寒かった。

ぶるぶる