読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

人工知能と自閉症

――ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい。

ええ、お伝えします。臨場感たっぷりに。すーしきで。

ええ、すいませんとも。もちろん僕の主張ではなくてそういう本の題名でした。

自閉症と診断されたアメリカ人の少年ジェイク。その母が綴った、かなりハードな育児記録??です。

生まれてすぐに、人間からの刺激に反応を示さなくなってしまったジェイク。言葉はおろか表情や態度による感情表現もほとんどなし。医師や専門家は彼を自閉症と診断します。

重度の自閉症の場合、ほとんど社会との接触を持つことができなくなるというのは、なんとなく僕もおぼろげな知識としてわかっていました。

母親であるクリスもこれまでの通念に従って彼を特別支援クラスに入れることになるのですが……その方針に彼女はやがて反発を覚えます。

我が子の状態がネガティブなだけの「症状」でなく、高度な創造力を秘めた前向きな断絶だと考えたのです。じっさい、彼は自閉的な状態の中で数学や物理についての思考をめぐらせていたのでした。

親子は行きつ戻りつ、一喜一憂しながら、自分たちの信念と直感をそれでも貫いて、ジェイクを育てていきます。

やがて彼の驚愕の才能が開花するのですが、この自閉症というハンディキャップを背負った子供から天才=ギフテッドへの変身、そして逆転劇が素晴らしく爽快なのですが、大切なのは彼が自閉症ではなくなったわけではないということです。

それは永遠に克服すべき過程なのです。

だから正確には変身はしていません。彼は自閉症であるながら同時に天才なのです。一見絶望にしか見えないシュチュエーションからとてつもない鉱脈を探り当てる、そんな物語。ここでは自閉症というものが本当に病気なのか、それとも個性なのか、そんな問いを投げかけます。

僕としては最近発達が著しい人工知能について考えさせられました。

『トランセンデンス』『her/世界でひとつの彼女』というAIものをつづけざまに観たのです。

コンピューターが自我を持ちうるか、自我とはなんなのか?

それは人間を模すことなのか? 

しかし、二つの物語の中で人間らしさを得た人工知能たちはさらに進化を進め、人間であることを超越(まさにトランセンデンス)していきます。

人間らしさを手に入れようとした結果、人間という枠を超えてAIたちは超知性体へと移行していく。

翻って人間の知性そのものを人工的な知能を考えてみるという視点もありえます。それは後天的に教育や環境によって形作られる(プログラミングされる)ものだから。

人間の自我や知性という謎を解くために、人工知能を対置すると何かが見えてくる気がします。

ジェイクの知能は僕らから観たらまさに超越知性に見えますが、するとその前状態であった自閉という症状も、人間として劣っている「病」としてとらえるべきじゃないのかもしれません。