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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

風の馬

『ルンタ』はチベットのドキュメンタリー映画です。

中国に侵略されたチベット人の焼身自殺が相次いでおり、その背景を描いている。

ダラムサラチベット亡命政府で建築家として働いているらしいナカハラさんという方をガイドにまつわる人のインタビューなどで構成されている。

ルンタというのは人の願いを天に届ける風の馬のこと。

チベット人が武力でなく、焼身という手段で中国に抗議する様に強く心を揺さぶられた。

そう言ってしまうのはお手軽だが、そうとしか言えない。

チベットに深く根付いた慈悲の教えが、武力抵抗でなく、自分の命をパフォーマティヴに差し出すという方法を取らせている。

自殺の正否はいったん置く。民族や文化のために命を捧げる行為を美化するつもりもないが、それでも誤解を招くことを承知でやはりそれは「英雄的」なものだと言うほかない。

チェ・ゲバラは、日本の原爆記念館を訪れた折、こう言ったという。

「アメリカにこんな目に遭わされておきながら、あなたたちはなおアメリカの言いなりになるのか」

きっとゲバラが生きていたら、同じことをチベットに対しても言うかもしれない。革命家ゲバラなら銃を持って戦えと吠えるだろう。

マルコムXであれば「私は自衛のための暴力を暴力とは呼ばない。それは知性だ」

と言い放ち、卒然を拳を振り上げるかもしれない。

勇猛果敢に立ち上がり、自分たちの権利を取り戻すために戦うこと。

もちろん、それは必要だ。そうやって多くの虐げられた人たちが自由や尊厳を取り戻してきた。

でも、僕にはチベット人たちの在り方はさらに勇気あるものに思える。死ぬくらいなら、中国兵の2,3人は道連れにできるかもしれない。

でも他者を傷つけないために、自らに火を燈すという方法を取った。なんて壮絶で切ない抵抗だろうか。

映画の中で、中国人観光客が我が物顔でラサ(だったと思う)の街をうろつきまわる姿に、怒りというより恐ろしくなった。一般の中国人たちに罪があるとは思いたくないが、やっぱり吐き気がする。

僕が西安に住んでいた頃、中国人の学生は「チベットは奴隷的な階級制度がまだ残っているから我々が介入してそれを正す必要がある」と釈明したことがある。

純粋に本当にそう思っている、そんな顔つきだった。たぶん、そう教え込まれてるんだろう。彼は自国の正義を信じていたし、2000年当時には、それを疑う手段もなかったんだろう。

いま中国の情報がどう統制されているのか知らない。

日本人が口を出せば、過去の大戦を持ち出されて泥仕合になるだろうけど……

ともかく重い映画ではあった。

僧侶ではない、日本で言えば中学生くらいの女の子も我が身を燃やして抗議した。焼身による抵抗は僧侶だけがするものだと思っていたから、けっこうショックだった。

現在における焼身自殺者はサイトによると145人だという。映画の中では127人だったはずで、公開までにさらに増えているということになる。

ルンタ・プロジェクトのサイトをご覧になれば映画を見なくても現状を知ることができる。寄付などのサポートもできるようになっているが、まずは知ることだけでもいいと思う。

僕ら日本人だってそりゃ生きていくのに精一杯だし、すぐ隣ではDVやネグレクトなどシリアスも問題だってある。年間自殺者の数は少なくても3万人だそうだ。

ただ何も持たない人であったとしても、絶対に他者に与えることのできる何かがあると思う。笑顔ひとつであっても構わない。あるならば与えるべきだ。

なによりも窮状にあるチベットの人たちですら、そのどん底の中で利他の行為を志しているのだから。