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クレバスと炸薬亭

映画や本、お芝居などのレビューを中心にやってくよ。

狼と遭遇、その後

狼との遭遇は以前ココに書いた。

 

今回はその後について報告しようと思う。これは狼自体についてのことではなく、それをきっかけにして起こった出来事にまつわる話だ。

 

笠置山で狼に遭遇してから、僕は狼についての情報を集めるようになった。

FBでも僕の記事に反応したある女性から一冊の本のことを教えてもらったのは笠置山に行ってのちほぼ翌日ぐらいだったかと思う。

 

それは絶妙なタイミングで本屋に置いてあったというスピリチュアル系の雑誌で、彼女はそれを見つけ購入した旨を報告してくださった。

 

当然、僕も買ってみた。狼特集ということで充分に満足できる内容であったのだが、その他にもスピリチュアル関連の記事が多数あった。

 

その中にひとつだけ気にかかるものがった。それはあるヒーラーの紹介なのだが、いままであまり世に出てはいない方で、記事によると絶大なヒーリング能力で末期がんから難病の患者まで即座に治すという。

 

僕も潰瘍性大腸炎という難病を抱えている身だ。現代医学の恩恵を受けつつも、どうせ完治しないならと代謝医療やヒーリングに活路を見出そうとする心情はどうしてもある。

 

その方は施術の価格も良心的であり、一度きりの治療で90%の患者を癒すという。どこか疑いながらも、これで治るならこんなに楽なことはないなぁ、と心の片隅で妙に引っかかったのを憶えている。

 

友人で膠原病を患っている者にも軽い気持ちで話したりなんかしてやがて一度訪ねてみようかということになった。まず僕が問い合わせることになった。

 

ここでびっくりすることが起こる。

 

20分ほどの電話の中でヒーラーの方がこう言うのだ。

 

「もう僕とこれだけ話してたら、治ってもおかしくない、身体に変化は感じませんか?」

 

僕「いえ、特には」 この時は体調の波が悪くない頃だったので、不具合を感じていなかった。ほんのり身体が温かくなったような気がするくらいだが、まぁ、錯覚とか思い込みの範囲内だと感じた。

 

「ふーん」

 

またしばらくすると

 

「どう、何か感じない?」

 

僕「・・・あ、なんとなく微妙に身体が軽くなったような?」 ここで僕は典型的な日本人体質を発揮して相手の期待に添って話を合わせてしまっている笑。はじめての電話で相手の機嫌を損ねたくなかった。

 

このヒーラーの方は対面でも電話での遠隔でもヒーリングされるらしく、どちらも同等の効果があるらしい。おそらく、問い合わせの電話であるのに、すでに治療を始めてくれていたのかもしれない。あるいは、本人の意思とは関係なく彼のあふれ出るヒーリングパワーは関わる相手にオートマチックで効果を発揮するのかもしれない。

 

真相はナゾだが、すでにヒーリングは始まっていた!!!

 

しかし、ハッとするような体感はないままでその日の電話を終えた。別にこれといった体調の変化はない。

 

ふーん、こんなもんか、と正直思ったのは確かだ。

 

しかし。

 

翌日も翌日もお腹が痛くならない。僕の場合、下痢とはいかないまでも普段から腹の具合は不安定で、どこかそれが気がかりでのびのびと毎日を過ごせない。

 

でも

 

あれ?

 

なんだろう?

 

普通だ。

 

普通だというのは、この病気にかかる前の感じだということ。腸が過敏に反応せず、腹の具合のまったく気にせずに暮らせるということだ。常にあった流動感や違和感がほとんど消えている。

 

あの電話のせいなのか?

 

他に原因は見つからなかった。問い合わせなので料金も払ってないし。いいのかな?

 

よくわからない。さらに長い期間経過を見ないと断言できないが、もしかしたら難病というものが治ってしまったかもしれないのだ。

 

不思議といえばこれ以上の不思議はない。でも事実は事実である。

 

もしもうしばらく好調を維持できれば、遠隔治療相当の料金を払いがてら一度ご本人に会いに行ってみようかと思っている。

 

狼とはほとんど関係のない話になった。

 

が、僕があれを狼だと認識しなければ、僕の病気は治ることはなかった。その意味であれは狼でなければいけなかった。

 

笑う人がいるのはわかってる。笑われるネタのひとつやふたつない人間こそ笑われるのがオチだ、と僕はいまでは思う。

 

もちろんあれが現実の狼だと主張したわけではない。ただ僕の内側の現実ではあれは紛れもなく狼であれ、そのインスピレーションに従った結果、現実の病は癒された。

 

僕は自分の見たものを「信じた」わけではない。ただ「疑わなかった」のだ。信じることには何がしかの努力が必要だが、疑っていないというのは、さらに深い前提の部分でそれを受け入れている、ということだ。

 

だから信じることよりも疑わないことの方が強い。そして時としてそれは奇跡を起こす。

 

笑い嘲る者を恨む必要はない。彼らはただリアリティの奥行きを手放し奇跡から自分を引き離しているだけだから。

 

「天才が出現するときはすぐにわかる。凡人たちが彼を袋叩きにするから」

 

そんな言葉があったように思う。

 

若き日のイチローが庭で素振りをしていると、近所の人が「あいつプロにでもなるつもりか」とバカにしたという。メジャーで首位打者になると言った時も笑われたという。

 

天才を引き合いに出すまでもなく、世間の常識や同調圧力に屈することなく進むべきだとこの件で凡人である僕も知った。

 

狼とはそういう意志のシンボルとして僕の中で在り続ける。